闘争の歴史

ウクライナの状況は実に悲惨だ。
「明日は台湾か?」
「その次は日本か?」
他人事ではない。

偽善に満ちているテレビコメンテーターは
言いたい放題「可哀そう」と「戦争は嫌だ」
を連発する。無難にそう言っておけば、
また次のお呼びがかかることを計算して
いる見え透いた心が嫌いなのだ。
私には、それが一番のストレス
で、すぐにyoutubeに切り替える。

そして、誰かが核シェアリングなんて
言おうものなら、「とんでもない、日本は
被爆国」なんて売国奴のようなことを言う。
戦争反対と叫んで一番喜ぶのは中国だ。
この世には戦争をしかけてくる国家元首
がうじゃうじゃいるのだ。プーチン、
習近平、金正恩・・・・・・・・・・

だから、口先で戦争反対と軽々しくいう
人は、かなり幼稚な人か、その運動で中国
辺りから金を貰っている真の売国奴だ
(小学生が言うなら許されるが)人類の
歴史は戦争の歴史と言っても過言ではなく、
人類は戦う遺伝子を組み込まれている
悲しい動物なのだ。

今のマリウポリ、第二次世界大戦の東京、
応仁の乱の京都、焼野原になった美しい街
なんて数えあげたらきりがない。人類は
本当にバカなことを繰り返している悲しい
動物なのだ。 

「戦争反対」と「可哀そう」という言葉は
人間性をあぶりだすリトマス試験紙でもある。
この語を軽々に使う人は歴史を学んでこな
かったか歴史を学ぼうとしない怠惰な人たち
で、そんな小学生レベルの人間を会社で採用
してはいけないし、友達にしてもいけない。

もう一度言う。人類の歴史は殺戮の歴史だ
ということを絶対に忘れてはいけない。
白旗を上げれば、争いが終って
もとの平穏な生活に戻れるなどと思って
いる平和ボケ老人になってはいけない。
征服されたら、それはそれで想像を絶する
辛い人生が待っている

強制労働を強いられたり、若い女は容赦な
く犯されているウィグル族の現状を決して
忘れてはいけない。ヒットラーのやった
ことをもう一度思い返して欲しい・・・・

既にプロパガンダ工作で日本に送り込まれ
ているスパイのような人たちの口車に
乗せられて、「戦争反対」などと言って
いる人たちがいることが寂しい。だから、
二度とそんな防衛費を減らすような軽率な
言葉を口にして欲しくない。敵の思うつぼ
だから。

それが分かったら、もう一度核シェアリング
について深く考えてみよう。そして、戦争で
日本が標的になっても家族が困らないように
用意周到に準備をしておこう。かくいう私は
40年前から、その準備をしている。当然、
核シェルターらしきものも二つ作ってある。
山にはこつこつと食用の雑草を植えている。
長沢に戻ってきたのはそのためだ。

「どこで、何が起きても困らないように
真剣に生きる」これは、第一次世界大戦→
関東大震災→世界恐慌→第二次世界大戦と
闘いの歴史に翻弄され続けた祖父からの
大切な大切な教えなのだ。

私が以前からこのブログに書いている
ことが次々と現実になっている。
だから、真剣に生きよう。

学べ、学べ、
多くを学んで
少しでも長くこの平和を守り抜こう。

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