人生計画表

古希過ぎまで生きる予定はなかった。

何歳で何をするかの人生計画表なるものを
作ったのが40代。この頃はこの表に古希
以降の欄はなかったのだ。つまり、古希前
に他界しても何の悔いもないと思っていた。

それが今ではなんと喜寿である。
古希から喜寿の7年は、ただの7年ではない。
肉体的にもかなりの衰えが現れる。一番の
現象はゴルフのような運動が出来なくなる
人が続出することだ。

この7年間でかなり多くの友人がゴルフから
引退した。私にも、スキーとゴルフを出来
なくなる日がもうすぎ来そうだ。なんと
寂しいことか。

だからこそ、急いで傘寿までの欄を作らねば。
それもあと3年でうまってしまうのだ。では、
一挙に米寿までの欄を書き足してしまおう。
それでもあと11年しかない。一年一年を
大切に生きなければ・・・・・・・
後11年で一体何をしたらいいのか。

喜寿になって、精神的には何が変わって
きたか。そう言えば、75歳を過ぎてから、
お金に対する執着心が驚くほど希薄に
なった。結果、仕事のモチベーションは
いかにして社会に貢献するかが主体に
なってきた。色々な欲が希薄になった分、
純粋さを求めるようになった。後11年間、
純粋に美しく生きよう。柄にもなく・・・

最近特にやりたいのは、若い気力のある人
を立派な成功者に育てること。ブログに
よく出てくる教え子だけでなく、これから
独立して事業の世界で飛び立とうとする
若者を応援することが我が事のように楽しい。

最近は本当に時の経つのが早くて、傘寿を
過ぎた友人があっという間に米寿になって
しまった感がする。やはり、米寿ともなる
と元気にゴルフをしている友人はほとんど
いない。ゴルフ場に行っても、さすがにその
年齢を過ぎた人は少ない。過酷な現実だ。

思えば、この年齢層だと、谷啓さんは自宅
で転倒して亡くなったし、北島三郎さんも
同じく自宅で転倒し車椅子だ。本家の叔父
も自宅の庭先で自転車で転倒し他界した。
もういつ死んでもおかしくない齢なのだ。

そんな傘寿過ぎの人生計画表には何を書
こうか。三浦半島創生に挑戦して、海や
山にとてつもない施設を作っていたら
それはそれで楽しそうだが、広げ過ぎた
事業の半ばで死んでしまって、子供たち
に迷惑もかけられないし・・・

ただ、傘寿までの3年間は、やることが
既に7つもある。来週はそんな仲間との
ゴルフを、再来週はサップを予定している。
一日、一日を楽しく丁寧に生きていこう。

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