自慢話と思われがちなテーマには何が多いか。
一に学歴、二にお金、三が旅行か?
そして、会社の格、仕事、子供や孫など家庭問題・・・・
だが、列挙したテーマをすべて避けろと言われたら、
何を話せばいいのだと考えこんでしまう。
「今日、何を食べた?」
「鹿島鮨で懐石料理を食べた」
こんなたわいない会話だって
自慢話ととられてしまうかも知れない。
「そうかよ、俺なんて鹿島で飯なんて食えないよ」
そんな言葉が返ってきたら
「もうこんな奴とは付き合いたくない」と心底感じてしまう。。
「自慢話が多い人は嫌われる」
勿論、これは至極当然の話だ。
しかし、普通の話を自慢話だと感じる側にも問題がある。
でも、そのことに気づいている人は意外と少ない。
自慢話の多い人には自信のない人が多く、
普通の話を自慢話ととる人にも自信のない卑屈な人が多い。
私は、なんでもない話を自慢話と解する人からは
一定の距離をとった方が運は開けると思っている。
言葉は話す人と聞く人から成り立っているのだから、
自慢話かどうかは聞き手の器にも大きく関係しているのだ。
「今日、何を食べた?」
「鹿島鮨で懐石料理を食べた」
「そうか、鮨って言えば、今度六本木の纏鮨に行こうよ」
「そうだね、あそこの大間のまぐろは天下一品だよね」
こんな会話に発展する人と付き合いたい。
楽しい会話の出来る器の大きい聞き手のいる世界
そんな世界で生きていきたい。
また、自分も相手の普通の話が
自慢話だなんて感じるような人にはなりたくない。
そんなスケールの大きな世界では、
自慢話をする人とかしない人とかの話題も生まれない筈だ。
今後書きたいテーマ:
「愚痴を言う人・言わない人」
解決能力のある人には愚痴や不満がない。
彼らにとってこの世は愚痴の無いパラダイスだ。
だから、愚痴を言う暇があったら、
その時間に解決方法を考える方が賢明だ。
続きを作業中
「独立する人・しない人」
「説教する人・しない人」
never preach,never react
「破産する人・しない人」
「旅をする人・しない人」
非日常願望量、好奇心量、事業拡大意欲量
「何歳になってもセックスする人・しない人」
愛エネルギー量
「政治家のこき下ろしをする人・しない人」