老い支度(22)

生き方
塾では生徒に何に主眼を置いて教えるか。
成績アップだけを主眼に教えるのか。
勉強の指導を通して生き方を教えるのか。
私は後者のタイプの指導者を目指した。
だから、深層心理の勉強もしたし、催眠療法のセミナーにも通った。
塾にいないとき、つまり家でも自分から勉強する生徒を育てたかった。
塾を卒業しても、何歳になっても勉強する人間でいて欲しかった。
「勉強しろ」と言われないと勉強しない生徒では力がつかないと思った。
目的の大学に入った途端に遊びほうけるような人間でいて欲しくなかった。
もっと言えば、定年退職してから、「退屈だ」なんて言わない人を作りたかった。
究極、生徒と一番時間を長く共有する親も指導しなければと考えた。
だから、親をよく教室に呼んだし、家庭訪問して家庭環境にも口を挟んだ。
そのせいか、今でも二十歳を過ぎた卒業生が我が家を訪ねてくる。
ITの知識を絶え間なく指導してくれるかつての卒業生がいる。
彼の会社には、私の影響か知らないが、経営哲学がある。
会社の前の掲示板には、堂々と「社会奉仕する企業」と謳っている。
どんなに苦しくても社員のリストラはしないと誓ってもいる。
だから、そこの社員は会社や社長への不満など誰も口にしない。
常に前向きで、何時間話していてもワクワクするし、
結果、そこの社員と話した後の充足感は何ともいえない。
彼らは金を稼ぐ前に、会社人としての生き方を知っている。
親も、教師も、社長も、指導者は常に「生き方」を語らなければいけない。
出来れば哲学とか優れた思想を語れる人でもありたい。
表面的で薄っぺらな人間には充実した老後は望みにくい。
老後は誰でも迎えることはできるが、その老後を充実させるために、
日々その人らしい中身の濃い生き方を磨いていきたい。

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