金持ちの老い

お金持ちの老いなら優雅だと思っている人は多いだろうが、
確率的な答えではないが、私の答えはノーだ。
老いを優雅にするのは、老い支度への覚悟であって、
決してお金の分量ではなさそうなのだ。
お金持ちでも、老いを甘く見て、
大した支度もしないで不幸な老後を送っている人は私の周りにいくらでもいる。
上大岡のPマンションには80歳前後の老人がかなり住んでいる。
中でも一番のお金持ちだと言われた元材木店の社長さんの清水さんの最後の10年は、
「可哀想」の一言では片付けられない悲惨さだった。
清水さんが亡くなられる前の8年間、
散歩していれば挨拶をしてお話をする仲だった。
ある日、管理人さんがあたふたとしている。
聞けば、清水さんが「百万円を落とした」という。
お金持ちの一人住まいの痴呆の始まりである。
彼は恰幅もよく、背筋もしゃんとしたダンディな人だったが、
自分の子供も含め、親族を誰も信用していなかった。
お子さんが原因なのか、清水さんの決断なのかは定かではない。
結果、お金だけを信じて老後に突入した。
それでも、痴呆になる前はそのお金の管理はできた。
しかし、痴呆にははっきりとした境目がないから、
本人も「何月何日までに」などという準備ができない。
だから、金庫の番号を忘れたりし始めると、
もう、どうにもならないことばかりが起きる。
いくら警察が注意を呼びかけても「振り込め詐欺」が減らない理由の一つだ。
要するに世の中に認知症の人が増えているから、
悪い奴らの餌食になる人は今後も減ることはなさそうだ。
百万円なんか落としていないだろうと思いながらも、
管理人さんも無碍には出来ないので、一緒に探している。
しかし、そんなことが頻繁に起こると、
誰もが次第に清水さんを相手にしなくなった。
ほどなく、訪問介護の人が毎日来るようになった。
その介護のおばさんのまことしやかな噂が町に広まった。
「昨日はお小遣いを10万円貰ったらしい」などという噂だ。
これが、何千万とあったお金の流失の始まりだ。
その他にも、エピソードはいくらでもあった。
結末は、名古屋の親戚(お姉さん)が施設に入れ、
最後はその施設で亡くなられた。
もちろん、あの数えられないほどあったお金は全てどこかになくなって、
子供には渡らなかった。
これでは命をつないだとは言えない、寂しい人生だ。
この清水さんやあの岡田さんの例はまだ事件にはなっていないが、
お金にまつわる人間関係のもつれが悲劇となって世間を騒がす事件が確実に増えている。
家族関係がよく、ほのぼのとした老後を送っている人を見るに度に、
その秘訣は何かと必ず探すようにしている。

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