常識って?

珍しく「人生相談」の内容が面白かった。
「お香典に500円を包んできた人達との付合いを止めたい」という相談。
友人10人で「5千円」を持ってきたサークルの人たちに腹を立てている。
回答者は、相談者の「自分の常識が世間の常識だ」という心の狭さを嘆き、
そしてバッサリ、「止めたければ止めればいい、でも寂しい人生になる」と言う。
昔、何かのお祝い事に2千円を持ってきた業者がいた。
そんな額のご祝儀なら持ってこない方がいいのにと姉が言った。
あれから30年、確かに彼はご祝儀2千円に相応しい人生を送っている。
でも、私は彼を責めたりはしなかったし、避けたりはしなかった。
ただ、「金の使い方が下手だな」とは思った。
常識や教養のない人とはうまくやっていけないという気持ちは分かる。
でも、65年間、周りを見回すと、世の中そんな人の方が主流だ。
超一流大学を出ていても、脱いだ靴も揃えられない人なんてザラにいる。
本当に驚いてしまうが、そのたびに怒っていたら友達なんて作れない。
斯く言う私も果物を箸でつまんで「品がない」と罵られた。
「フォークを出さない君がいけないのだ」とやり返したが後の祭りだ。
食事のときに新聞を読もうとして子供に叱られた。
だから私も育ちが悪くて、人様のことなんか責める資格はない。
常識とか教養、育ちについてはいつも考えさせられることばかりだ。
「常識は自分を磨くための物差し、人を責めるためのものではない」
これが締めくくりの答えだった、もっと自分を磨かねば。

見慣れた筈の横須賀のダウンタウンがやけにエキゾチックに思えた

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