いつもの小料理屋。
会ったことのない女連れの男が私の指定席に陣取っている。
マスターが「先生」と呼ぶその男は話し方がどこか横柄。
醸し出している雰囲気が実に慇懃無礼で、毒がある。
私は話したくないのだが、何故か親しそうに話しかけてくる。
気のいい私は、店に迷惑がかからないように作り笑いで対応する。
話の内容から、この界隈の夜の店ではかなり顔のようだ。
そんな店に来る客の経済力と悪口が酒の肴らしい。
「あの京料理店の常連のM先生は医者としては規格外だ」
近所の知り合いの名前が飛び出し、冷や汗が出る。
この居心地の悪さは一体どこからくるのか。
酒を美味くする悪口もあるが、彼の場合はそうではない。
自分の経済力や容姿を大きく見せたいが故の悪口が雰囲気を壊す。
「自分を大物に見せたい」という人間の典型的な素振りが多い。
気前がいいのと大物とはイコールでないことは分かっていたが、
私も大物になりたいので、大物の定義について調べてみた。
「大きな勢力や高い能力があって皆に一目置かれている者」
これが広辞苑での「大物」の定義。
勢力と能力と一目置かれるのが大物の必須条件のようだ。
尊敬される必要はないようなので、ひょっとすると彼は大物か。
聞けば、彼も医者のようだから能力はあるのだろう。
しかし、マスターや他の客が一目置いているようでもない。
早い話が、能力と経済力のあるただの小物としか思えない。
この世には能力がある人はごまんといるが、勢力がある人は少ない。
オマケに、誰からも一目置かれるとなるとこれはもう至難の業。
夜の店に限らず、大物と指差されるのはかなり難しそうだ。
私ごときは、せいぜい他人のこきおろしや己の自慢を控えて、
隅の席で大人しく目立たぬように飯を食っているのが似合いそうだ。
どんなに逆立ちしても大物にはなれないだろうから。