故郷の開発を断念

故郷の発展は小学生の頃からの願いだった。

まだ不動産なんて言葉も知らない頃から、
白砂青松の浜辺にバンガローを建て、
多くの観光事業者を招致することを夢見た。

あれから60年、
現実的に街の開発を手がけ、
事業家としても功を成し、
故郷の開発を企画する力を身につけた。

医療ビル、介護ビル、健康促進ビル
3棟の建築の設計図に数千万円をかけた。
更に、駅前開発の図面までおこした。

そして、1棟目の医療ビルの現地説明会。
拍手で迎えられると思って乗り込んだ。
ところが、住民の目は冷たく、
法を超えた厳しい要望の嵐・・・

利益を無視して始めたのに、
この意外な反応に戸惑った。
街の衰退を嘆いていた人たちが、
いざ始めるとなると・・・・

既に億単位の資金を投入したのだから、
普通の事業者なら、三顧の礼を尽くして、
「なんとか折り合いを」となるのだろうが、
私は、その瞬間に心が折れてしまったので、
そんな金はどうでもよくなった。

世渡りって、本当に難しい。
都会に戻って更なる活躍の場を探そう。
都会の方が理不尽は少ないから。

「ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたうもの」

You should long for the hometown in the distance

Many people say,
“Whoever travels will find that there is no place like hometown”
It’s a downright lie.

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